• 北欧に学ぶ持続可能な世界・人生100年時代を生きるスキル・英語学習コーチング

今回は、あるきっかけで、ミスコンについて違和感を感じ、考察してみるいい機会をもらいました。
私の考えを皆さんとシェアさせていただきます😃 次は、日本大学・山本典子さんの論文からの抜粋です。

「女性も男性も性的マイノリティ―の人々も、障害者も高齢者も、すべての人種、すべての人々が、お互いの多様性と文化を認め合い、お互いの美や体形の違いも認め合うことこそが、持続可能な開発目標、国連SDGs の理念である、」

「誰ひとり置き去りにしない社会」を実現する第一歩であるはずだ。」

日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.18, 181-191 (2017)
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
―堺市女性団体協議会のミスコン反対運動から―
山本(山口)典子より

次は、あるミスコンの応募条件です。
皆さんは、どう思われますか?

■応募要項
・日本国内に在住で日本国籍の方
・2019年12月31日時点で18歳以上、
2020年12月31日時点で28歳以下の女性の方
・本名で参加できる方
・出産経験、結婚経験のない方
・身長165cm以上(※各地方大会により身長制限は異なる事もあります。)
・選考会場へ自費でオーディションに参加できる方
(大会当日や、大会までのトレーニング等による交通費のみご負担。)

主催者は、あくまでも女性による国際親善事業であると述べています。

しかし、18歳以上、28歳以下の未婚の女性。

という観点はどうでしょうか?

国際親善や、環境問題についての代表者となるのに、
若い女性である必要性がなぜあるのでしょうか?

この問いに、このイベントの主催者は答えられるでしょうか?
社会が実質的な男女平等では、ないということです。

また、他者に評価されることで、代表になるという他人軸に自分をゆだねることを女性自身が選んでいると言うことでもあります。

若い女性に限定していることで、
女性の価値は、若いことにあり、年齢を重ねると価値がなくなるということでもあります。

若いことこそが素晴らしいことという価値観は、
すべての人に訪れる、「老い」とは、美しくなく、社会の代表としてふさわしくない、良くないものという価値観を無意識に掏り込ませるイベントです。

また、身長など身体の特徴を挙げていることと自体、
これ以外の人への選別をすでに行っているということです。

ミス・コンテストの応募資格には明記されていませんが、人種、国籍、障害の有無、配偶者の有無、健康であるかどうかなど、多くの人々を排除しているイベントであることは明らかでしょう。
女性に限らず多くの人を差別していると言うこともできます。

女性に対しても、女性とは、他社から序列をつけられ、美の評価の対象となり、商品となり、利用されるものとなる、という女性への人権侵害を象徴し、それを女性自身が受け入れるという方向へ向かわせるものでもあります。

日本では、私たちがあまり自覚していない性的な問題もあります。

たとえば、24 時間オープンしているコンビニで売られているポルノ雑誌。
こんな国は世界でもまれです。
私たちはこんな雑誌を当たり前と思っていないでしょうか。

日本では、JKビジネスも当たり前で、誰も違和感を持っていません。

世界の目からは、「日本は児童ポルノ生産世界一」といわれていることも私たちは気づいていなし、日常生活で考えたこともないと思います。

ミスコンのように女性の美を他社が評価する限り、女性の地位は向上していかないことでしょう。

すべての人がありのままの自分を生きることの出来る世界。

ありのままの他者を受け入れる世界。

全ての人が美しい。

そんな世界を目指していきたいですね😃💕🌟💕🌟

 


資料

Women’s Action Network

【反対声明】大学のミスコンと反対運動【賛同署名募集】
2011.06.11 Sat

ミスコン反対運動が盛り上がった90年代、実際にその運動に関わられた方々も、WANの読者にはいらっしゃるかもしれません。その方々をはじめとして、大学で教鞭をとられていたり、在籍しておられたり、スタッフとして働いておられる方々も多いかと思います。

6月3日に、twitterにおいて、国際基督教大学(ICU)において秋に開催される大学祭「ICU祭」のためのミスコン企画がでた、という情報が流れました。

これを皮切りにして、現在までネット上では大きな「ICUミスコン論争」が起きている状態です。
この動きに対して、在学生、卒業生と市民による有志が共同で執筆しました、『国際基督教⼤大学(ICU)におけるミスコン開催に反対する共同声明』を発表しました。

以下のURLでご覧いただけますほか、このレポートの末尾にも添付いたします。
https://sites.google.com/site/missconhantai/

また、上記URLから賛同署名をおこなうことができます。
何卒皆さんのご協力をよろしくお願い致します。

この運動を、ICUのみならず、ほかの大学キャンパスにおけるミスコンや、そのほかのミスコンを問い直す契機にしていきたいと思っております。

ぜひ皆様方のご意見やアドバイスなどもいただければ幸いです。

また、「ICUのミスコン企画に反対する会」を立ち上げ、ウェブサイトやfacebookページ、twitterアカウントも作成しました。
https://sites.google.com/site/missconhantai/
Facebookページ http://on.fb.me/ICU-misukon
twitter @MissconHantai
ハッシュタグ #NOmissconICU

今後も上記にて関連情報を発信していきますので、ぜひご注目ください。

 


ICUのミスコン企画に反対する会
『国際基督教⼤大学(ICU)におけるミスコン開催に反対する共同声明』呼びかけ人

松本政輝

—-共同声明—-

「国際基督教大学(ICU)におけるミスコン開催に反対する共同声明」

私たちは、国際基督教大学(ICU)に関わる様々な市民です。学生、常勤・非常勤の教員や職員、卒業生、近所の住民、出入り業者など、様々な立場でICUに関わり、関心をもっています。このたび、ICUでのミスコン開催が予定されていると聞きおよび、大きな危機感を抱いています。

ICUにおいてミスコンが開催されてこなかったことが「旧き時代が築いたあらゆる壁」の一つであり、ミスコンを今開催することがICUに「新たな風を吹き込」むことだと、今回のミスコン企画を主催する団体は述べていますが、果たしてそうでしょうか。

2008年のミスコン企画の際のCGSとICU祭実行委員会の対話など、今までミスコンを開催してこなかったことは、ICUに関わる人たちのオープンな対話によって築かれてきた伝統でもあります。そして、様々な大学がミスコンを行っている中では、ミスコンを行わないことこそがICUの「伝統」でもあり、かつ「新しい風」を吹き込んできた側面だともいえるのではないでしょうか。それは悪いものを壊し、革新をもたらす伝統です。そして、それは人々の多様性や尊厳を尊重する伝統でもあります。

ICUに入学する際に全学生が署名した「世界人権宣言」を思いだしてください。

===引用===
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
===引用おわり===

===引用===
すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
===引用おわり===

ここには、すべての人がその被害から自由であるべき差別の事由として「性」が含まれています。また、「その他の地位又はこれに類するいかなる事由」は、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認する」という前文の精神を現代社会に適用すれば、当然ながら年齢や美醜も含んでいると想像すべきです。さらに、この「宣言」は、人々の多様性の称揚のためにあると言ってもいいでしょう。

ミスコンは、女性の価値を外見や振る舞いに見出すような性差別的な社会背景から成立したものであり、事実、歴史的にそのような文脈で機能し続けてきました。電車に乗れば女性を性的対象化する広告が溢れているなど、私たちの日常生活において、性差別はまだまだ端々に存在しています。今回のイベントが「ミスコン」という名称で呼ばれているということは、たとえ女性限定などの文言がなくとも、「(未婚)女性」を、外部の視点でみた「美」という観点から評価をするといういわゆる通常の「ミスコン」の規範に従ったものであろうことが想定されます。また、「女性」に対してのみならず、セクシャルマイノリティや障害者、エスニックマイノリティなど、様々なマイノリティに対して差別的な要素をもち、人々の多様性を否定するという側面がミスコンにあることは、フェミニズムやクィア研究/運動をはじめとした、様々な学問および市民運動が明らかにしてきたことでもあります。ミスコンとは、そうした差別を白昼堂々と実践することにより、日常生活の不正義を追認するための儀式です。

ICUのミッションは、全学生が署名した「世界人権宣言」の原則のもとに、人権という概念に基づき、「しっかりとした「個』を持ち、真のリーダーシップを発揮し、世界の問題を解決してゆく人材を輩出」(鈴木学長のICUホームページ掲載の声明文)することであったはずです。

他の大学でも行われているから、という理由でICUにもミスコンがあるべきであると主張することは、「しっかりとした『個』をもつ真のリーダーシップを発揮し、世界の問題を解決」というICUのミッションとは異なるものだけではなく、ICUの構成員の間に存在している多様性とそれを尊重してきた伝統を無視するものです。そして、そのために新たな人権侵害などの問題をひきおこすのではないかと危惧しています。

「国際基督教大学人権侵害防止対策基本方針」には、以下のようにあります。

===引用===
ICUは世界人権宣言を重んじる大学として、人権侵害のない教育・研究・就労環境を整え、構成員が安心して過ごせるキャンパスを確保する責任があると考えています。ゆえに、性、人種、宗教、年齢、性的指向、障がいなどに基づく差別や、地位・立場を利用したあらゆるハラスメントは形態の如何に関わらず許されません。本学の構成員はみな献学の精神である国際性やキリスト教精神を十分理解し、快適なキャンパスをともに作っていくことが要請されます。
===引用おわり===

このとおり、ICUのすべての構成員には、あらゆる形態の差別・ハラスメントが無い、快適なキャンパスをつくることが要請されています。ミスコンを企画している学生たちも例外ではありません。

また、従来の「ミスコン」とは違うかたちのミスコンをICUでやることが、「よりまし」な性的対象化のモデルを創造することになるのではないか、という意見もあるかもしれません。しかし「よりまし」な差別、「よりまし」なハラスメントを行うことが人権という概念に基づいた「真のリーダーシップ」であるとは到底思えませんし、「人権侵害防止対策基本方針」と真っ向から対立する行為であると考えます。

さらに私たちは、人生の数年間を「世間よりはましな環境」に保護されることだけに満足しません。ICUの使命の一つには「国際性」も掲げられていますが、そこでは多様な人々のあり方を尊重し、さまざまな人々が差別をうけることなく生きられる世界の構築も重要なテーマであることでしょう。

だから、様々な形でICUに関係する私たちは今回のミスコン開催予定について、次のように表明します。

・私たちは、人種的、身体的、階級的に画一的な女性の美のイメージの強化をもたらし、女性の性的対象化の道具として機能してきた歴史をもつミスコンに、そもそも反対します。
・ですから私たちは、ICUの外においても、差別的な電車の釣り広告やミスコンに反対します。
・基本的な人権、および多様な人間のあり方が尊重される社会をめざす私たちは、当然ICUでのミスコン開催にも反対します。
・また、私たちにとって、ICUは社会から独立した象牙の塔ではありません。ICUもまた社会の中に位置づけられた存在です。私たちがミスコンに反対するのは、キャンパスを特権的空間として保全するためではありません。
以上の理由により、キャンパスミスコン開催に反対します。

2011年6月8日

呼びかけ人(2011年6月9日現在:五十音順)

上田真央(うえだ・まお:在学生ID13)
尾脇深雪(おわき・みゆき:在学生ID14)
川坂和義(かわさか・かずよし:卒業生ID06)
菊池魁人(きくち・かいと:在学生ID14)
神原慧(こうばら・あきら:卒業生 ID08)
小関春海(こせき・はるみ:在学生ID10)
齊藤亜俐沙(さいとう・ありさ:在学生ID13)
常野雄次郎(つねの・ゆうじろう:「ニートのあした」)
長尾有起(ながお・ゆき:卒業生ID08・元ICU非常勤職員)
増渕彩子(ますぶち・あやこ:卒業生ID09)
松本政輝(まつもと・まさき:卒業生 ID09・元ICU非常勤職員)
山口智美(やまぐち・ともみ:卒業生 ID90)
吉田匡 (よしだ・まさし:在学生ID15)


 

日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.18, 181-191 (2017)
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
―堺市女性団体協議会のミスコン反対運動から―
山本(山口)典子
日本大学大学院総合社会情報研究科
Violation of Human Rights of Women
as Represented in Beauty Pageant
―Protest against Beauty Pageant by Sakai Women’s Organization ―
Yamamoto(Yamaguchi)Noriko
Nihon University, Graduate School of Social and Cultural Studies
The International Garden and Greenery Exposition was held at Tsurumi Greenery in Osaka between
April 1 and September 30, 1990. During this last exposition of the twentieth century in Japan, Asahi
Broadcasting Corporation organized “Miss Flower Queen Pageant EXPO’90”. Sakai Women’s
Organization considered beauty pageant, competitive exhibition of women’s beauty, as an act of
violating human rights of women and ran a protest campaign. We advocated human rights of women
and challenged Japanese society of discriminatory nature of beauty pageants. The campaign evoked
controversy throughout Japan. The organization also conducted a questionnaire survey on the beauty
pageant in 3382 cities in Japan.
This paper reviews the situation including the survey conducted 27 years ago as well as development
of the situation up to now. The author views that the state of violation of women’s rights represented
in beauty pageant is one of the critical factors that have made Japan maintained its ranking of
women’s status at 111th out of 144 countries of the world.
1.はじめに
1990 年。大阪では今世紀最後の博覧会と言われる
「国際花と緑の博覧会1」(以下、「花博」という。)
が、かつて 1970 年の万国博覧会が開催された鶴見緑
地で開催されることとなっていた。国を挙げての博
覧会は、バブル経済2の最中でもあり、東京一極集中
で、日本の副都心である大阪の景気との格差が開く
中、経済の活性化や自然や環境にやさしいメッセー

1
1990 年 4月 1 日~9 月 30日に開催された国際博覧会。
「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21 世紀へ向
けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」をテーマ
に開催された。
2投機的要因によって実体経済からかけ離れた資産価
格が生み出される経済状態。日本では特に 1986 年代後
半から 1990 年代初頭にかけての好況期をさす。
ジの発信という見地からも歓迎されている大イベン
トであった。
しかし、前年の 6 月 7 日の新聞報道の「ミスはお
口もお上手」という見出しの記事で、この花博にお
いて、朝日放送主催の「ミス・フラワークィーンペ
ージェント EXPO’90」が開催されるとあった。
ここから堺市女性団体協議会3の抗議運動が始ま
った。
いわゆる、ミス・コンテストについては、当時は
日本全国津々浦々で町おこし、村おこしとして行政

3堺市女性団体協議会は 1948 年堺市内の女性たちによ
る小規模団体で活動を開始。1948 年『堺市婦人団体連
絡協議会』となり、1986 年「堺市女性団体協議会」に
改称した。
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
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や商工会などが主催で開催されたり、各地の名産品
のキャンペーン・ガールとして、また、大学の文化
祭や神社の巫女さんのアルバイトを選ぶためなどに
も、あるいは総会屋が新手の資金稼ぎとして開催す
るなど、巷に当たり前のようにあふれるイベントで
あった。
しかし、堺市では、その 11 年前、1979 年に堺市
で開催されてきた「堺まつり4の女王コンテスト」が、
堺市女性団体協議会の当時の委員長であった山口彩
子5の抗議によって中止されていた。山口は、それま
で自らもそのコンテストの審査員をしていたが、他
の男性審査員の審査中のコメントや会話、出場者で
ある若い女性たちが水着を着せられ、寒々としなが
ら出番を待つときの表情にたじろぎ、強い違和感と
不快感を覚えたと記している。その後山口は、違和
感と不快感を学術的に研究し、このイベントが明ら
かに女性差別であることを説明する。
ミス・コンテストの女性差別性について堺市では、
堺市議会においても議論が深まり、中止されている。
時あたかも国際婦人年6の機運が高まり、わが国にお
ける女子差別撤廃条約7の批准が求められている時
期であった。
筆者自身が、当時、堺市女性団体協議会の事務局
長として花博の「ミス・フラワークィーンページェ
ント EXPO’90」について担当した。
本稿においては、ミス・コンテストがなぜ女性へ
の人権侵害なのかを分析し、さらに最近また復活し

4大阪府堺市で毎年 10 月に開催されるイベント。メイ
ンとして大パレードが行われる。第一回は 1974 年に開
催。
5山口彩子(1935 年 4 月 3 日~2001 年 2 月 14 日)堺市女
性団体協議会第 4 代委員長。1979 年~1990 年まで堺市
議会議員を務め、1998 年 5 月堺市制 110 年初の女性副
議長となる。
6 国際連合は 1975 年を国際婦人年とし、6 月から 7 月
にメキシコシティで国連が開催した国際婦人年世界会
議では、国際婦人年の目標達成のためにその後 10 年に
わたり 国内、国際両面における行動への指針を与える
「世界行動計画」が採択された。
7
1979 年の第 34 回国連総会において採択、1981 年に
発効。男女の完全な平等の達成に貢献することを目的
として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを
基本理念とする。
始めたミス・コンテストの分析も含めて、国際社会
が目標としているジェンダー平等社会の実現のため
の SDGs
8と照合する。さらにそのことによって、「女
性の活躍推進」を謳うわが国が、世界 144 か国中、
女性の地位が 111 位という先進国最低位に位置する
理由との関連性を見出していく。

2.ミス・コンテストとは
2.1 ミス・コンテストの概要
ミス・コンテストとは、その名の通り、未婚の女
性の容姿を品評し、ランク付けを行い最高位に選ば
れた女性を「女王」と格付けする。米国で 1920 年代
に始まったとされ、日本で最初に一般子女の美人コ
ンテストとして行われたのは、明治 41 年2 月 28 日。
米紙「ヘラルド・リビューン9」が募集したミス・ワ
ールドの下請けで、日本大会の主催は「時事新報」。
当時はすべて写真審査のみで、現在のように本人が
登場して公開審査されることはなかった。日本の美
人写真の 1 位に選ばれたのは、末広ヒロ子さん(当
時 16 歳)で、彼女は翌年行われた世界大会で 6 位だ
ったという。代表的なミス・コンテストは、ミス・
ワールド(英国、初回開催 1951 年)、ミス・ユニバ
ース(米国、初回開催 1952 年)、ミス・インターナ
ショナル(日本、初回開催 1960 年)である。ミス・
インターナショナルについては、外務省の外郭団体
である国際文化協会が主催をしている。一時、これ
らの日本大会や国際大会はテレビで放映され、市民
社会に影響を与えてきた。通常これらのコンテスト
は、まず出場者を自薦、他薦で公募する。応募用紙
に個人データと写真を添付し提出し、まず書類選考
が行われ、出場者が選ばれる。その後公開審査が大
きな会場で行われ、テレビなどで放映される。コン
テストには「美」を審査する審査員がおり、まった

8
2001 年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)
の後継として,2015 年 9 月の国連サミットで採択され
た「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」にて記
載された 2016 年から 2030 年までの国際目標
9 フランスのパリに本部を置いて世界各地で販売され
た英字新聞。1887 年創刊の『パリ・ヘラルド(Paris
Herald)』を前身に持つ。2013 年 10 月 15 日よりインタ
ーナショナル・ニューヨーク・タイムズに改称。
山本(山口)典子
183
く基準が明確ではない人間の「美」を品評し、ラン
ク付けを行う。バブルの時代には、日本では地区予
選が行われ、勝ち残ってきた女性たちが決戦大会で
美を競っていた。海外のミス・コンテストは出場者
が、すでにプロのモデルや俳優や歌手であり、芸能
プロダクションなどにより、ミス・コンテストでの
優勝が、プロモーションの一つの手段として利用さ
れているケースが多い。日本においても最近、東京
大学を筆頭に、有名国公立大学や有名私立大学で、
学生の文化祭などでキャンパス・ミス・コンテスト
が開催されているが、大手の広告代理店が介入して
おり、有名大学出身の美人として芸能界にデビュー
させる登竜門的なケースも増えてきている。
通常のミス・コンテストは、選ばれた 1 人の女王
と準ミス女王 2 人が、賞金や商品をもらい、たいて
いは 1 年間の契約で、町の広告・宣伝や親善大使的
な役割を与えられる。
2.2 3382 市町村のミス・コンテストの実態調査か

1989 年の秋に行った堺市女性団体協議会の全国
の 3382 自治体に向けての実態調査は、回収数は 2074
自治体 61.3%。そのうちミス・コンテストを実施し
ていると回答したのは 482 自治体で、23.2%。1 位は
北海道で 31 自治体。2 位は東京都で 23 自治体。3
位は長崎県で 20 自治体。年齢制限については有りと
回答している自治体が 399 で、82.8%。そのうち 18
歳から 25 歳としているのが 41%。18 歳以上として
上限を設けていないのが 29%。
いずれも理由は、「未婚の女性が多い年代」「一般
論として 30 歳以上は、ミスとしてふさわしくないと
思われる」「ミス東京の応募要領に準じている」とい
うものが多かった。また「ミス・コンテスト」のイ
ベントタイトルは、ミス○○が 80%、○○女王が 8%、
○○娘が 5%、姫・ギャル他が 4%であった。未婚と
既婚を区分する理由として「ミス・コンテストだか
ら」「清らかさというイメージ」「清潔さと若さを PR
するコンテストだから」「各種イベントに参加しやす
い」「既婚者は選出後の活動が家庭に制約され制限が
あるから」というもの。応募時の写真については必
要とするが、61.2%、不要が 27.2%。必要とするう
ち、顔と全身の写真が必要としているのが 27.6%で
ある。写真を必要とする理由としては、書類選考の
ためという回答が多く、容姿確認を行っていること
がうかがえる。またプロポーションの記入について
は、身長 20.7%、体重 12.8%、バスト 9.7%、ウエス
ト 9.3%、ヒップ 8.9%で、スリーサイズを記入させ
る理由については無回答の自治体が 90%であった。
「書類選考のため、スタイルが良いかどうか確認す
るため」「ユニフォーム等の作成のため」という回答
もあった。審査員は 7 割が男性。というものであっ
た。
3.花博のミス・コンテストへの抗議運動について
3.1 ミ ス ・ フ ラ ワ ー ク ィ ー ン ペ ー ジ ェ ン ト
EXPO’90 について
市女性団体協議会は、1990 年 4 月 1 日から 9 月 30
日までの半年間、大阪の鶴見緑地の万博跡地で開催
された「国際花と緑の博覧会」において行われた「ミ
ス・フラワークィーンページェント EXPO’90」に抗
議運動を行った。「ミス・フラワークィーンページェ
ント EXPO’90」は、朝日放送創立 40 周年記念国際
花と緑の博覧会協賛として行われた。主催は、朝日
放送。後援は、外務省、農林水産省、通産省、建設
省、大阪府、大阪市、財団法人国際花と緑の博覧会
協会、朝日新聞社。期間は 4 月 5 日から 4 月 15 日ま
でとされた。大会実施要項によると、内容は、「世界
30 数か国の代表選出大会で選ばれたミス・フラワー
クィーン各国代表 1 名を日本に招待して、国際花と
緑の博覧会会場、ならびに会場外で、ミス・フラワ
ークィーン選出世界大会及び関連行事を華やかに行
う。大会に参加する各国代表には、それぞれお国自
慢の衣裳、民族衣裳などを着てもらい、国際花と緑
の博覧会の雰囲気をより一層盛り上げて、国際親善
と友好の輪を広げたいと考えている。」とされている。
さらに、ミス・フラワークィーン選出世界大会は、
4 月 14 日の 18 時 30 分から、30 数か国の中からミス・
フラワークィーン 1 名と準ミス・フラワークィーン
2 名を選出した。
審査基準も明記されており、「容貌、プロポーショ
ン、知性、教養、人柄などを総合して審査する。」と
ある。賞金は、ミス・フラワークィーンが 500 万円。
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
184
準ミスは各 150 万円。さらに選出後の、ミス・準ミ
スの女性たちの仕事は、4 月 15 日から 5 月 14 日ま
での 1 カ月で、「義務と意義」として、『「花の万博」
のシンボルとして、関係各省庁の訪問をはじめ、地
元・大阪府庁、大阪市役所、国際花と緑の博覧会協
会、自国の在日大使館などに挨拶すると共に、国際
花と緑の博覧会協会、パビリオン、展示参加をはじ
めとする各国、各団体、各企業の諸行事、諸企画及
びテレビ・ラジオなどに出席、出演することにより、
潤いのある平和な豊かな社会の創造と、国際親善、
友好に寄与する。』としている。
この時のミス・フラワークィーン日本代表に関し
ては、前年の 10 月 12 日にザ・シンフォニーホール
で開催された「’90 ミス・ユニバース日本代表選出
大会」でミスに選出された人が同時に選出されるこ
とになっていた。
ちなみにこの際の賞金はミスが 200 万円、準ミス
が 100 万円である。なお、「’90 ミス・ユニバース日
本代表選出大会」は、日本全国 8 地区(北海道、東
北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州)から選
ばれた各地区代表 24 名(各地区 3 名)によって競わ
れた、とされている。
3.2 堺市女性団体協議会の「ミス・フラワークィー
ンページェント EXPO’90」への抗議運動について
3.2-1 抗議運動の概要
抗議運動は 1989 年、つまり花博の前年の 6 月 7
日付の新聞報道に始まる。正式に団体としてこのイ
ベントに抗議を決定したのは 1989 年の 11 月 10 日の、
堺市女性団体協議会の最高議決機関である会長会議
においてである。
抗議の視点としては、1、ミス・コンテストの事業
そのものが女性の人権を侵害していること。2、当事
業の後援団体として、外務省、農林水産省、大阪府、
大阪市、財団法人花と緑の博覧会協会という公的機
関が名を連ねており、国民、府民、市民の税金によ
って、このような女性の人権侵害事業に加担するこ
とが不適切であること。以上の点から、主催者であ
る朝日放送、やすべての後援団体に対し抗議文と公
開質問状を送り、回答について検証し、電話で担当
者とも話し合った上で、正式に女性団体として抗議
運動を行うことを決定した。直接行動として、花博
の会場に約 200 名で抗議運動を行いに出向き、スマ
ートな抗議運動は約 100 社以上のマスコミの取材を
受け、全国にミスコン反対運動が知られ、賛否両論
の論議を喚起した。さらに堺市において、ミス・コ
ンテストの女性差別性を学習し、2 千人規模の抗議
集会を 2 回行った。また、国連の女子差別撤廃委員
会や人権委員会にも、ミス・コンテストが女性への
人権侵害であることの訴状を提出した。さらに全国
3382 市町村に向けて、ミス・コンテストの実施実態
についてアンケート調査を行い、「ミス・コンテスト
NON!~全国 3382 市町村ミス・ミスコンテスト実
態調査資料~ わたしたちはなぜミス・コンテスト
に反対するか~すべての女は美しい」と題した本編
122 頁、アンケート実態調査資料 157 頁の冊子をま
とめ、出版した。(1989 年 12 月 18 日)
3.2-2 抗議運動の経緯
抗議運動の詳細を簡潔に整理すると、
1989.6.7 6 月 7 日付の新聞報道に「ミスはお口もお
上手!?」という見出しの記事で、花博で「ミス・
フラワークィーンページェント EXPO’90」が行われ
ることを知る。その日に大阪府庁に問い合わせをし、
電話は府庁の総務課から(財)花博協会の広報担当
に回され、話を聞いた。話の要点は、「今回のミス・
コンテストは朝日放送から持ち込まれたもので、ち
ょうど春休みが終わる時期に、来場者数が減るのを
防ぐために、華やかな催しをするということになっ
た。このミス・フラワーページェントで選ばれた女
王を花博にプレゼントしてもらう。」ということであ
った。堺市女性団体は「女性は人間であり、プレゼ
ントするようなモノではない」と抗議した。
1989.6.8 堺市女性団体協議会の本部運営委員会に
おいて新聞報道と電話で問い合わせた内容を報告。
抗議体制を固めた。
1989.6.22 東京水道橋会館で開催された「宇野首相
の売買春に怒る女たちの緊急集会」に出席し、参加
者に本件を報告し、協力要請を行った。
筆者は、この日までに米国のメリーランド州で開催
されていた全米女性学会に出席していた。その場に
おいても宇野首相問題とミス・コンテストの問題を
山本(山口)典子
185
同学会の出席者である女性学者やアクティビストに
伝えた。
1989.10.12 朝日放送主催の「ミス・ユニバース日本
大会」と「ミス・フラワークィーン日本代表選出大
会」が行われ、それぞれミス 1 名、準ミス 2 名が選
出された。この日朝日放送への抗議の電話を入れた。
1989.11.10 堺市女性団体協議会の最高議決機関で
ある定例協議会において「ミス・フラワークィーン
ページェント EXPO’90」に抗議することを満場一致
で決議した。
1989.11.18 抗議文(資料 1)および公開質問状(資
料 2)を朝日放送、(財)花博協会、外務省、建設省、
農林水産省、通産省、大阪府、大阪市、朝日新聞社
へ内容証明で発送。いずれも 11 月 28 日期限で処分
回答を要請していた。同日、米国のミス・コンテス
トの反対運動やメディア・ウォッチ10の取り組みを
続けている、元トップモデルのアン・サイモントン
さんを招請し、山口彩子堺市女性団体協議会委員長
らと「ミス・コンテスト NON!」の特別講演会を堺
市立女性センターにて開催。400 人が参加した。男
性参加者同士の討論も活発に行われた。
1989.11.20 国連女子差別撤廃委員会に、世界的にミ
ス・コンテストの廃止を求める訴状を提出。この間
に、日本国内において抗議に賛同するグループや個
人を募った。
1989.11.28 (財)花博協会の総務課長から電話があ
り、関係省庁との相談のため回答が遅れると連絡し
てきた。その書面通知を要請した。同日、超特急郵
便にて朝日新聞社から回答書が届いた。
1989.11.29 主催者である朝日放送より書留速達で
回答書(資料 3)が届く。
1989.11.30 (財)花博協会より、簡易書留で、回答
がおくれるという通知が届く。
1989.12.3 大阪府の岸 昌知事より、回答書が届く。
(11 月 27 日付普通郵便)
この際、大阪府の「ミス・フラワークィーンページ
ェント EXPO’90」への大阪府の後援取り消しを通知
してきた。

10 新聞やテレビなどのメディアにおいて差別的表現
がないかを監視。
1989.2.10 大阪市、外務省、建設省、農林水産省、
通産省へ再度抗議文を発送。12 月 15 日期限で回答
を要請した。また同日、あらためて再度、朝日放送、
朝日新聞社に抗議文を発送、12 月 16 日期限で回答
を要請。また公開質問状への回答がないため、その
回答も要請した。同日、国連人権委員会に、国際的
にミス・コンテストの廃止を呼びかけるよう要請状
を提出した。
1989.12.18 「ミス・コンテスト NON!全国緊急抗
議集会」を 2000 人の参加者を得て堺市民会館大ホー
ルにて開催した。
1990.4.14 花博の会場に堺市女性団体協議会のメン
バー150 人と全国から集まった賛同者らと計 200 人
でパフォーマンスの抗議を行った。当然入場料を支
払い、メイン会場に向かったが、待ち受けていたの
は機動隊だった。
さらに 100 人を超える報道陣。
そこで男女とも全員が、いわゆるミス・コンテスト
の女王のいでたち。王冠をかぶり、サテンのマント。
歌手はアンチ・ミスコンの歌を歌い、熟女は健康体
操、会場を往来する外国客や日本の若い女性たちも、
笑顔で賛同していた。堺市女性団体協議会のメンバ
ーは最初から、もみ合いになるような暴力的な抗議
運動をするつもりもなく、大声で叫ぶつもりもない、
またミス・コンテストに出場している女性たちを敵
対視もせず、むしろ彼女らが傷つかないように気遣
う運動を心がけていた。
主催者が、あくまでも女性の人権侵害ではなく国際
親善事業であると開き直るがゆえの直接行動だった。
ここでの抗議運動が、多くのマスコミに取り上げら
れ、日本全国にミス・コンテストの論議が広がった。
この抗議運動について、産経新聞社は翌日の朝刊の
社会面で、「すべての女性が美しい」という堺市女性
団体協議会のこの抗議運動のスローガンを見出しと
して、この抗議運動が、水着審査を非公開とした花
博の「ミス・フラワークィーンページェント
EXPO’90」の主催者の及び腰に比べて、出場する女
性を傷つけたくないとして、イベントが始まる午後
7 時までに引き上げたことを、スマートな抗議とし
て評価している。
1990.9.14 「ミス・コンテスト NON!国際抗議集会
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
186
を堺市民会館大ホールで開催。2000 人の参加者が集
った。当集会はプログラムが 2 部あり、1 部では、
男性グループのパロディー演劇「花博のオス・イン
ターナショナル・コンテスト」、2 部は、アンチ・ミ
ス・コンテスト国際シンポジウム。テーマは「ミス・
コンテストのこれが女性差別だ!」。このシンポジウ
ムのスピーカーは、ヘマ・グナティラケ(Hema
Goonatilake、スリランカ ケラニア大学教員、アジ
ア女性研究・行動ネットワーク AWRAN 主宰)、キ
ャロル・ハーグレイヴス(Carole Hargraves、アート
コーディネーター)は、元ハリウッドのファッショ
ン界のトップモデルだった。一時は「君の美は世界
の宝」と金持ちの男たちに絶賛され、一時期自分は
年を取らないと信じ込んでいたが、フェミニズムに
目覚め、飢餓や侵略問題、政治、教育、文化活動を
行うようになった。(集会プログラムのプロフィール
より)、姜 尚中(当時、国際基督教大学准教授)、
そして山口彩子(堺市女性団体協議会委員長)等で
あった。
3.2-3 抗議運動の結果、自治体主催のミス・コンテ
ストの廃止が相次ぐ
花博の「ミス・フラワークィーンページェント
EXPO’90」への抗議運動は、それまでわが国にあふ
れていたミス・コンテストのうち自治体などの公的
機関が主催するミス・コンテストが相次いで、廃止
された。これは、この「ミス・フラワークィーンペ
ージェント EXPO’90」について、大阪府が後援を取
り消したことの影響によるものが大きいと考えられ
る。また、35 か国の代表が参加する予定の当ページ
ェントに、ニュージーランドが「コンテストは女性
を卑しめる」という理由で出場を取り消したことの
影響もあると考えられる。ちなみに堺市はニュージ
ーランドの首都であるウェリントン市と姉妹都市提
携を結んでおり、当時、山口彩子堺市女性団体協議
会委員長は、堺ウェリントン協会の副会長でもあり、
ウェリントン市との交流を深めていた。
さらに、ニュージーランドは世界で最初に女性が
参政権を獲得した国であることからすれば、堺市女
性団体協議会が大きな反対運動を起こしていること
が、ニュージーランド政府を動かした一つの理由で
あるかもしれないと容易に推測はできる。
この抗議運動の後、いち早く自治体主催のまつり
などでのミス・コンテストを市が自主的に「女性蔑
視のイベントである」として中止や廃止したのは、
神戸市である。その後大阪市、枚方市、長崎市、名
古屋市、埼玉県桶川市などが中止している。その後、
少なくとも、自治体などの公的機関が公金を使って
ミス・コンテストを主催しにくくなったと言える。
4. ミス・コンテストは女性への人権侵害
女性限定で美の審査をするミス・コンテスト。
人間の外見や容姿の美を審査員である人間が審美
し、ランク付けを行うことがまず可能なのかという
疑問がある。
さらに女性に限定されており、ミスであるから未
婚の女性。年齢制限は 18 歳以上 25 歳未満。なぜそ
のように限定するのか?という調査の問いに対して
7 割が「清らかなイメージがあり、女性が一番輝い
ている時期だから」と回答している。この背景にあ
るのは、まず女性は容姿が美しいほうが国際親善や
まちおこしなどにふさわしい。女性は品定めをされ、
選ばれる対象であるという考え方があること。
さらに指摘しなければならないのは、これらのミ
ス・コンテストの応募資格には明記されてはいない
ものの、人種、国籍、障害の有無、配偶者の有無、
健康であるかどうかなど、逆に多くの人々を排除し
ているイベントであり、それは女性に限らず多くの
人を差別しているイベントであるということである。
筆者自身が堺市女性団体協議会において調査した結
果、三大ミス・コンテストであるミス・ユニバース、
ミス・インターナショナル、ミス・ワールドのうち、
ミス・ユニバースとミス・インターナショナルにお
ける 1975 年から 1989 年までの女王の年齢や容姿、
人種をみたところ、女王の獲得年齢へ平均 20.4 歳と
20.2 歳。身長は平均 169.5 cm と 169.6 cm。体重は平
均 53.2 kg と 53.7 kg。ヘアスタイルはロングが双方
とも 90%。人種をみると初めて黒人女性がミス・ア
メリカの女王に選ばれたのが 1984 年。ほぼ 9 割以上
が白人系の女王である。
男性優位社会の中で、あくまでも女性を男性の視
点や規範で女性を選別する中に、暗黙の人種差別が
山本(山口)典子
187
根強く横たわっていたことがわかる。国際親善やま
ちの活性化などで、若い未婚の女性の美を審査する
こと自体が、女性の美を勝手な基準で規格化し、性
の商品化として価値づける行為は、人権の視点から
見れば、明らかに性差別であることが理解できるは
ずである。このような女性に対する価値観を攪拌す
る「ミス・コンテスト」は現社会に根強くはびこる
男女の賃金格差、男女の役割の固定、女性の非生産
労働の過重負担、女性への暴力や性暴力、あるいは
女性の教育や保健衛生へのアクセスのしにくさ、貧
困、また性風俗、売買春などに巻き込まれる現状な
ど、あらゆる女性への人権侵害を象徴し、容認の方
向へ向かわせるものである。なぜならば、堺市女性
団体が抗議運動を行ったときに、主催者は「国際親
善に寄与する事業」であると開き直るだけで、国際
親善の役割がなぜ若く美しい女性に限定されるのか
という問いには一切回答できなかったのである。現
社会が実質的な男女平等社会であるならば、逆を想
像すれば明白である。逆は今のところあり得ない。
堺市女性団体協議会は、その反対運動の中で、出
場する女性たちを全く批判しなかった。そのことを
問う人々もいた。出場する女性たちを再教育すれば
よい、という問いである。
実際にパロディーとして、堺市においてオス・コ
ンテストを実施してみて、筆者自身が理解していた
と思っていたけれども衝撃を受けた。いかに男性が
半裸で、女性の審査員に審査されることの惨めさ、
寒々しさ。いかに自分を含む私たち女性が、女性の
半裸や全裸を見慣れ、また男性にとっての女性らし
さ、色気、美しさという選ばれるための男性視線を、
女性自らに内在化していたか。24 時間オープンして
いるコンビニエンス・ストアで堂々と売られるポル
ノ雑誌。こんな国は世界でも例がない。その国で 10
歳に満たない幼女が強姦され殺され、92 歳の女性も
が強姦される。町に行けば、家庭や学校から排除さ
れた少女たちが JK ビジネスに身を置き、性風俗に
巻き込まれる。児童ポルノ生産世界一といわれるこ
の国で、行われているミス・コンテストが意味する
ものは、何か。それに出場する女性を非難すること
ができるだろうか。売買春についても、買う男たち
は言う。「売る女がいるからだ、文句があるなら売る
女に売らせなければいい。」と。
ミス・コンテストは、いまさら学歴のある女性や、
芸能界への登竜門というような意義を後付けしても、
根本的には女性の品評会であることに変わりがない
のである。筆者が 1992 年に朝日放送の朝まで生テレ
ビに出演した際、故大島渚監督や作家の野坂昭如さ
んは、「ミス・コンテストは女性をばかにしている。
ドッグレースのほうがましだ。」と発言された。
しかし、社会的に経済力も地位も権力も持てない女
性たちは、抗うよりも作り笑顔で乗り越える術しか
ない人が圧倒的多数である。その現状を誰がとがめ
ることができるだろうか。
ミス・コンテストの女王に選ばれても、働く任期
はたいてい 1 年ほどである。失礼な話である。
堺市女性団体の反対運動は決して「人間の美」や
「女性の美」を否定しているのではない。
女性も男性も性的マイノリティ―の人々も、障害
者も高齢者も、すべての人種、すべての人々が、お
互いの多様性と文化を認め合い、お互いの美や体形
の違いも認め合うことこそが、持続可能な開発目標、
SDGs の理念である、
「誰ひとり置き去りにしない社会」を実現する第
一歩であるはずだ。
その観点からすると、画一化された美、すなわち
封建時代よろしく、男性にとって都合の良い女性像
を押し付ける「ミス・コンテスト」はもう時代遅れ
というようなレベルを超え、明らかな女性への人権
侵害のイベントである。
三大ミス・コンテストにしても、わが国の自治体
などのミス・コンテストやそれに準ずる○○大使な
ど名前を変えても応募者が激減しており、行政職員
が女子短大などに頼み込んでなんとか人数を揃える
という苦労をしていると聞く。そこまでして誰のた
めに、何のためにとりあえず若い女性を選び、並べ
て添え物扱いをしたいのか。よく考察して見直す必
要がある。
このような目線で、女性が視られ扱われている限
り、女性の地位は向上せず、女性活躍推進法も遂行
されないと考える。女性が男性の性を喜ばせるため
の対象物であり、子を産む器械というような考え方
が、すべての男女格差の根底にある以上、ミス・コ
ミス・コンテストに象徴される女性への人権侵害
188
ンテストはそれらの象徴的なイベントであると言わ
ざるを得ない。すべての人がありのままの自分や他
者を認め合える社会は、すべての人がそれぞれに美
しいと認め合える社会である。
参考文献
・「ミス・コンテスト NON!=全国 3382 市町村ミ
ス・コンテスト実態調査資料=すべての女性は美し
い」(堺市女性団体協議会編、1989、
堺市女性団体協議会)
・「美人論」(井上章一、1991、(株)リプロポート)
・「女ぎらい ニッポンのミソジニー」(上野千鶴子、
2010、(株)紀伊國屋書店)
・「メディアがつくるジェンダー 日独の男女・家族
像を読みとく」(村松泰子、ヒラリア・ゴスマン編、
1998、新曜社)
・「女性とメディア」(月刊『創』1 月号、1989、創
出版)
・「堺市議会議員 山口彩子の政治」(堺女性政治連
盟、1991、日本女性政治研究センター)
・「広告は私たちに微笑みかける死体」(オリビエー
ロ・トスカーニ 岡本麻理恵訳、1997、紀伊國屋書
店)
「ボディー・ポリティクス」(M.ジャコ―バス F.F.
ケラー S. シャトルワース編 田間泰子 美馬達哉
山本祥子 監訳、2003、世界思想社)
・「美の陰謀 女たちの見えない敵」(ナオミ・ウル
フ 曽田和子訳、1994、(株)ティービーエス・ブリ
タニカ)
・「女の民族誌 そのけがれと神秘」(瀬川清子、1988、
東京書籍株式会社)
(Received:September 30,2017)
(Issued in internet Edition:November 1,2017)

 

 

 



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